最後に流れて来た彼等の新曲「That’s Why God Made the Radio」の最新ライヴ・ヴァージョンを聴いていたら涙が流れてきた。そんな事が起こるなんて考えてもいなかったので自分で驚いた。
この曲を初めて聞いた訳では無い。耳にはしていたし気に入ってもいた。だから、自分の身体がこういう反応をした事に驚いた。「何で此処で泣いちゃうのよ?」と。
「泣く」のと「涙が流れてくる」のとは違う現象だと思う。僕は「感動させる」「泣かせる」に対しては過剰反応をする傾向が有り(←自覚はある)、そういう姿勢で提供される物には反射的に醒めてしまう。音楽、本、映画、番組等。スポーツ中継番組なんて最たるもの。運動をしている当事者から○○連盟の偉い人から番組制作者に至る迄、感動させようさせようという意図がミエミエな事が多い。感動ならしたい場面でしたい時にこっちで勝手にするから、只ただ伝えてくれれば良いのに。歓声も消えるので寂しいけれど、よく音声を消して TVを観る事も少なくない。
いきなり脱線をして了った。さて。
ザ・ビーチ・ボーイズだ。
どうしても七十年代以降(というより ’66年以降、か)の彼等を音楽以外の要素をメインにして語る風潮が苦手だ。という風に書いて了っている時点で僕もその一人な訳で、そのジレンマをずっと持っている。
なんていう風に偉そうに書きだしているが、当の僕は ’67年生まれ、ブライアン・ウィルスンが一番「おはいり」になっていらした頃にやっと生まれたという後追いファンでしかない。
まぁ、八十年代後半の「ペット・サウンズ/スマイル信仰」が始まる前にファンになれていたのは幸運だったかな。
最初に聴いたヒット曲は ’81年の「The Beach Boys Medley」、つまり六十年代の曲の切り貼りシングルだった。
その数年前より、毎週観ていたTVK(テレビ神奈川)の音楽、サーフィン等の若者情報番組「ファンキー・トマト」のエンディング・テーマやサーフィン情報コーナーの BGM として彼等やジャン&ディーンの曲が使われており、彼等の曲は耳にしていた。おそらく「California Girls」「Barbara Ann」「Surf City」等。
好きになった。それからの数年で、 FM番組が毎年夏に組む特集で、合わせれば二時間以上となるの代表曲(カセット数本の「The Beach Boys 特集」が今も有るので)を知る機会を得て更に好きになった(まぁ毎年同じ様な曲がかかるのだが)。
又、僕は元々、ザ・ヴェンチャーズが洋楽に入る一つの切っ掛けだったので、ハイ=ファイが正義であったあの時期にも、彼等のサウンドを古いもの=聞かないものとして片付けずに済んだのも幸運だった。
その後、純然たる新曲として初めて耳にしたヒット曲は ’85年の「Getcha Back」だったが、逆にその「キレイな音」がしっくり来なかった(笑)。よってその後の「Kokomo」には更に入り込めなかった。
その八十年代半ば迄、ブライアン・ウィルスンが精神的に駄目になって云々(その時点で約二十年・・・)だとか、マイク・ラヴとブライアンの確執だとかいう話は知らなかった。否、読んだりして知ってはいたが「ふぅん、そうなんだ」という程度でいた。
僕の中では「Surfin’ U.S.A.」「I Get Around」「California Girls」と「God Only Knows」「Good Vibrations」「Sail On Sailor」の間に境界線は無かった(「Sail On Sailor」なんてリード・ヴォーカルはブロンディ・チャップリンだったのに!)。
そういうフラットな姿勢で、先ず「音楽」を「音楽」として、「ラジオから流れてくるザ・ビーチ・ボーイズの曲」として等しくそれらを捉えられたのは幸運だった。しかも十代のうちにね。
二十歳前後から、そんな僕の目や耳にも彼等の「物語」が入ってくる様になった。ブライアン・ウィルスンのソロとしての復帰や、CD 再発売に伴って焦点が当てられ始めたのだ。その数年前より僕は漸く彼等の LP を中古で買う様になり、その解説から少しずつ輪郭を僕なりに掴み始めてはいたものの、裏話を一つ知るよりも、一曲でも彼等の知らない曲を知りたかった(基本的にどのミュージシャンに対してもその姿勢だけれど)。
当然、山下達郎のフェイヴァリットであり、彼がシングル B面等で彼等の曲をカヴァーしているのも、僕が彼等に一目置く様になる切っ掛けだ。でもそれは ’83〜4年以降。『Big Wave』はかなり決定的だった。
最初に買った LP は『Pet Sounds』だった。理由は単純、中古盤店でよく見る「六十年代の」彼等のオリジナル・アルバムだったからだ。そして1985年当時、このアルバムは中古相場ではまだ安かった。代表作扱いはされていなかった。
収録曲を見ると、エア・チェックで知っていた「God Only Knows」「Wouldn’t It Be Nice」「Caroline, No」「Sloop John B」、そして山下達郎がラジオ番組でテーマ曲にしていたタイトル曲「Pet Sounds」が入っていた。アルバム・カヴァーにビーチも車も無いなぁとは思いつつ、「まぁ曲名にも無いからね」と深く考えずに購入した。元々僕の日常にも海や車は関係無かったし(笑)。
でも正直な所、繰り返し聴いても本作の良さを理解出来ずにいた。上記五曲以外の、アルバムを買って初めて聴いた曲はどれも不思議な響きを持ったもので(考えてみれば上記五曲もそうなのだが)、パッと聞いて「良い曲」と思えないものという感想を持った。その次に出たシングル「Good Vibrations」は大好きだったので、そこへ至る実験段階だったのではないか、と無い知恵を振り絞って推測した程だ。
「良い/悪い」ではなく、「不気味」という印象の、「怖いアルバム」として僕は最初にこのアルバムを捉えた。つまり理解出来ずにいたのだ。
どんどん好きになるのは少し後になってから。
「Kokomo」とファースト・ソロ『Brian Wilson』が出た1988年、ミーディア(メディア)が騒ぎ始めた。世の中の CD普及という波もあって、彼等を売らんとする機運が高まっていたのだろう。あの伝記本「リアル・ストーリー」の邦訳も刊行された(高価だったので僕は買うには至っていない)。
この時期から、上記の「ペット・サウンズ/スマイル信仰」が幅を利かせ始めた。彼等の事を「音楽」よりも「物語」で語り、「ロックな闇を抱え込み、アメリカン・ショウビズに引き裂かれた不幸な兄弟・親子・親戚・幼馴染みの四半世紀(当時)」を崇める風潮が強まった。僕はそれが嫌だった。
そしてそんな想いを確信に変えてくれる文章を山下達郎が「レコード・コレクターズ」に寄せた。あれは決定的だった。その後の僕の「音楽」に対する姿勢に関しての基本、「ただの詳しい人」ではない、「音楽ファンの立場を離れない音楽評論家」でいたいと思っている僕にとっては最良の応援演説であり、「説得力のある優れた文章」としての一つの指標・理想といえるものだ。
僕は、五十周年のタイミングで実現した今回の再集結を、イエスの『Union』とダブらせている。ブライアンとマイク両派閥(笑)のサポート・メンバーも含めた合体であるというのも似ている。
但しイエスの場合は、本当に合体したのはライヴのみで、アルバムで両者が交わる事は無かった(それぞれがその数年で録りためていたものを持ち寄った形)ので、それよりも今回の BB5の方がより「共同作業」ではあるけれど。
兎に角、ブライアン・ウィルスンとマイク・ラヴが遂に顔を合わせ、アル・ジャーディーンとブルース・ジョンストン、更にはデイヴィッド・マークスも加わるという今回の再集結は、本当に、彼等が集まったというだけで嬉しい。何かの受賞式で集まる、数曲歌うというだけでも嬉しいのに、新曲を作り、録音し、その新曲が良く、更にはトゥアーまで行われる、来日もするというのは奇跡だとさえ思える。
アルバム『That’s Why God Made the Radio』の素晴らしさは、個人的には ’85年の『The
Beach Boys』以上、’77年の『Love You』以来、三十五年振り(!)の良さだと思っている。
乱暴な喩えなのを承知で書くけれど、
ピート・タウンゼンドが書く曲はロジャー・ダルトリーが歌うのがベスト
アンディ・ムコーイ(マッコイ)の書く曲はマイクル・モンローが歌うのがベスト
リッチ・ロビンスンの曲はクリス・ロビンスンが歌うのがベスト
キース・リチャーズの曲はミック・ジャガーが
ジョー・ペリーの曲はスティーヴン・タイラーが
ジョージオ・モーロダーにはドーナ・サマー
フィル・スペクターにはダーリーン・ラヴやロニー・スペクター
クイーンにはフレディ・マーキュリー
ウィリー・ミッチェルにはアル・グリーン
イエスの曲にはジョン・アンダスン
というのと同様、
ブライアン・ウィルスンの楽曲にはマイク・ラヴが合う。
そこにアルやブルースがコーラスを付けると尚良し。
そんな当たり前の事を、昔の発掘音源ではなく「新曲」で確認出来るのが本当に嬉しい。
・・・そんな事を数分のうちに考えての事ではないと思うが、昨晩の番組で流れたライヴ・ヴァージョンの「That’s Why God Made the Radio」には本当にじわりと来た。涙が溢れてきた。悲しい訳でも単純に良い曲だと感動した訳でも無い。
まぁ感情移入の成せる業だったのだろう(笑)。
それぞれのヴォーカルは六十代・七十代に相応しいそれだし、バック・バンド(ジェフリー・フォスケットも居る!)のサポートが無いと舞台には立てないし、それはコーラスも同様。正直な所、コーラスも演奏もシャープなものではない。でも、生存しているオリジナル・メンバーが揃って(※)、同じ舞台に立っているというだけで生まれる=揃わないと生まれないマジックというかオウラが有る。
そして、そんな勢揃いのジイ様が、夢の様に舞い上がるコード進行のロッカ・バラッドにのせて、
♪それが神がラジオを創りたもうた理由
何処に出掛けていても聴けるように
R&Rを与えてくださった事に感謝する
恋に落ちる BGM としての R&R を
と歌うのだから、もう堪らない!となっちゃったんだな、きっと。
(※)七十年代半ばのメンバーだったブロンディ・チャップリンとリッキー・ファターは不参加
人見 ‘Hit Me!’ 欣幸, ’12. (音楽紹介業)
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