Yの悲劇
(又は、或る加害者妄想男YHの告白。)
「違う違う そうじゃ そうじゃない」
私は鈴木雅之ではないが、そう言いたくなってしまう。そんな事が昨日の朝、あった。
私はラジオDJだ。音楽評論家がラジオで講釈をたれる、というスタンスでいるつもりだが、文筆は残念乍ら開店休業の期間の方が長い。残念ついでにジャーネイの「ヘイ・ミスター・DJ」のDJはクラブDJだ。いやぁ重ねて残念。
毎週日曜日の朝、私は、十時からの生放送「バック・トゥ・ザ・セヴンティーズ」に出演する為、大体七時から八時の間に家を出る。自宅から局へは、自転車(Bicycle Race/Queen)〜電車(Nine to Five[Morning Train]/Sheena Easton)〜バス(Waitin’ for the Bus/ZZ Top)と乗り継いで向かっている。
その日の朝も、いつも通り目覚まし時計に促されて起床し、身支度をととのえて家を出た。天気予報は(嗚呼ジョー・ザヴィヌル・・・)夕方から夜にかけて崩れると言っていたが、駅迄は五分程度という距離なので、余程の荒天予想でもない限り、私は自転車で駅へ向かう。トワ・エ・モワではなくても、今はもう秋だ。自転車をピューッと飛ばすのに良い季節ではないか。
コバルトの季節の中で(澤田研二)、秋は物悲しい季節というが、単に夏の次だからセンチメンタルになりがち、というだけだ。それはつまり通常の九ヶ月間に戻るというだけの事なのに、そういう訳で秋はどうにも分が悪い。まぁそれは兎も角、秋になり電車の乗客も少なくなった(元に戻った)。横須賀線のドンづきである此処から、数駅を過ぎてもまだ空席がある位に乗客は少ない。
私は大抵、降車駅の改札や乗り換え階段の位置を見越して着席する。この編成での逗子駅での降車位置は此処だ、と車内を移動し、一旦着席したが、数カ月前の工事で連絡橋の位置が変わっているのを忘れていた。即座に移動。
その向かいには女性が座っていた。
「違う違う そうじゃ そうじゃない」
少し怪訝そうな表情を向けられた様に感じた。無理も無い。私は一旦其処を通過しているからだ。彼女が「狙われた」と思ったとしても不思議は無い。
「男は狼なのよ 気を付けなさい」とばかりに、むしろ警戒しないと危険な位の、彼女は、擦れ違う狼共は皆凝視するのではという容姿を持っている。しかもミニスカートから伸びた生足も眩しい、この季節にしては露出度の高い服装だ。
そして私は私で、決して「そんな風に思わなくても良いだろう?」とは言い張れない、つまりは怪しげな風体なのだ。実は常に。しかも鞄も大きい。それを(いつも通り)足下に置いてしまった。「カメラでも入ってるんじゃないか」と思われかねない。
発車。LP片面程の、即ちおよそ二十分の、きまりの悪い時間が過ぎる。案の定、逗子よりも北へ向かう多くの乗客と同様に、私とその女性も終点である逗子駅迄乗っていた。
二番線に停車。その先へと乗り換える者も改札へ向かう者も、連絡橋を利用せねばならない。私は大抵、停車してから席を立つ。その女性は私より先にドアに向かった。
きまりが悪いと言っても、視界に美女が入っている風景というのは男性としては嬉しいものだが(男ってやーねぇ![鴨川つばめ])、何となく息苦しいのも確かだった(眠かったので何駅分かは眠っていたけれど。おお、アイム・オンリー・スリーピング)。私は何だか開放された気分で改札へ向かった。秋の朝の空気は澄んでいて好きだ。
改札を出て、バス・ターミナルへ。時刻表を確認した所、あとイエスの「同志」くらい、即ちおよそ十分は待つ事になる。そこで私は、おにぎりと飲み物を調達すべく、コンヴィニエンス・ストアへ足を向けた。
「違う違う そうじゃ そうじゃない」
先程の女性が店から出て来た。
私はもしかしたらその時、驚いて足を止めていたかも知れない。そうだとすると尚更気まずい。
とりあえず買い物を済ませる。支払いを現金ではなくパスネットで行うという行為は、他のクレディット及びプリペイド・カード同様、金銭感覚を麻痺させる傾向を更に加速させると感じる。うん、それに気付いているうちはまだ大丈夫だ。
等と考えつつ店を出てバス停へ向かう。
何と無く嫌な予感はしていたがしかし、
「違う違う そうじゃ そうじゃない」
その女性が同じ路線のバス停に居た。
・・・・・・・・・。
右からやってくるバスを一本左へやり過ごす(ムーディー勝山とは無関係だ)程の時間的余裕は、その日の私には無かった。仕方無く、そっぽを向いている(矢張り私は意識されているのか?)その女性を横目に、私はその列に加わるしか無かった。
バスがやって来る。我々はその腹の中へ飲み込まれて行く。定石通り、前の方から席は埋まっていく。その女性は前の方に座っていた。私はその斜め後ろの席に座る。
進行方向を向いた座席だったにも関わらず、彼女は後ろを数度向いた。私と目が合ったかも知れない。ずっと彼女を見ていた訳では無い。「間が悪い」とはこの事だ。
矢張り意識されている。勿論悪い意味で。Somebody’s Watching You(/Sly&The Family Stone)等という前向きな「見てるぜ」では決して無い。
彼女は手鏡を出して、メイクだかヘア・スタイルだかを確認している様だったが、斜め後ろの私からは時折彼女の顔が覗けた。それはつまり彼女も私を鏡を通して確認している事を意味していた。いよいよ私は「尾けられている」「尾けられていると思われている」という関係に二人が陥っている事を確信するに至った。
「違う違う そうじゃ そうじゃない」
バスの座席は埋まり、新逗子バス停からは立つ者も現れた。視界から彼女が消え、私は正直な所、ホッとした。
しかし、しかし、しかし、
降りるバス停迄同じとは!
電車同様、私は(車内掲示の通り)停車後に席を立つ。本当に危ないからね。幼い頃、マイクロバスが事故で急停車した際に通路を転がっていったという私は(後部座席の中央に座っていたのだ)、バスの急停車には少々トラウマが有る様だ。横内タケ、六川正彦そして小田原豊のトリオ、トラウマによる二十年前の隠れ名盤「トラウマ」は本当に素晴らしい。
その女性は私より早く、席を立った。「尾けられている」と思われてしまう絶好のタイミングで私も降車準備にかかってしまった。何から何まで、そう思われても無理もない行動を私は起こし続けている(但し、彼女はそれを見てはいないだろう)。
彼女がバスから降りた。この直後、私はやっとこの辛い辛いシチュエイションから本当に開放された。
私とは逆方向に歩いて行ってくれたからだ。私はそれを車中から見送った。安堵の表情で見つめる私を、勿論その女性は一瞥もせず去って行く。
ホッとした。
がしかし、あの女性
は私の事を誤解したままなのではないのか、という想いは今も私の中に在る。確かに在る。
そんな顛末を、わずか一時間後に電波に乗せて、そして世界中へ電話回線に乗せて話しているとは、彼女もよもや思うまい(笑)。
番組を聴いていてくれたら笑えるのだけれど(僕がハンサムだったら、映画並みの素敵な出会いになっていただろうが、まぁせいぜい笑い話だろう)、放送中のスタジオでガラス越しに再会等というロマンティックな事は勿論起こらなかった。
ダリル・ホールみたいな良い男だったら「プライヴェイト・アイが(探偵みたいに)君を見てるよ 一部始終をね」なんて告白をしても悪くないのだろうが・・・。まぁこれが人生である。
「違いますよ そうじゃないんですよ」
そう、こういう訳なんですよ。ザ・ポリース並みのシンクロネサティというだけなのですよ。
と、その女性に伝えたいのだけれどその術も浮かばない。もしかしたら仕事か何かで毎週同じ電車に乗っているとしたら・・・でもどんな切っ掛けでそれを話していいものやら。
とか何とか考えつつ、「来週も会っちゃったらどうしよう?!」等と夢想してしまっている自分が本当に情け無い。別にザ・テディ・べアーズが歌った様に「会ったとたんに一目ぼれ」となっている訳では無いのだけれど。おお、アイム・ノット・イン・ラヴ。
ま、ラジオ番組のオープニング・トークのネタとしては上等だ、という事で。
お後が宜しい様で。
人見 “Hit Me!” 欣幸, ’07.
コメント
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いや~。面白い読み物でした~。
風貌が風貌なだけに、気をつけないといけませんな。(笑)
しかし、
>天気予報は(嗚呼ジョー・ザヴィヌル・・・)
そこで、沁みなくても。。。(笑) Like
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Taroへ
おやおや早いリアクションをどうも。
便りをくれてからLP片面、「ハイドラ」から「ロレイン」まで聴いた位の頃に、少し手直しをしました。しかも何たる偶然、君が一番反応してくれそうな部分だ! さて何処だ?!
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ぎゃははっ、こわかっただろうに、その彼女。かわいそう。
元よりあやしい風貌なんですから、よっぽどちぅいしなければっ!
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・・・実は先週の土曜日にも少し似た出来事が起きてしまいました。やっぱりちぅいしなければっ!?
近日上梓予定。
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TRAUMA良いですよね~ Like
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anさん
ですよね〜。アルバム・ジャケの凄みと、小田原豊が先輩両名に支えられているという非常に分かりやすい比喩も最高(笑)。
テンソウのタケ・ヴォーカルもの好きとしては(セイボーも勿論大好きですが)、そればっかりで一枚というのが堪りません。
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