820 本当は二ヶ月程度前に書くべき事。

 本当は夏休み前に書くべき事。

 何故、宮澤賢治 と言えば「銀河鉄道の夜」なのか。

 毎夏、本屋で、主に学生向けのおススめとして、文庫本の中から帯付きでフィーチュアされる宮澤賢治の一冊はどうしてもこれになってしまう。
 相変わらず「読書感想文を書く課題図書」という扱いにでもなっているのだろうか。

 宮澤賢治で先ず読むべきは「銀河鉄道の夜」なのか。
 それは違う。断じて違う。

 僕が先ず勧めたいのは
短編集『 イーハトヴ童話集 注文の多い料理店』 だ。
 課題図書であれば尚更、それを選ぶ誰かさんに、是非こちらを選んで貰いたい。

 勿論、「銀河鉄道の夜」はとても面白い。様々な解釈が出来る、彼の作品中で興味深い作品である事は確かだ。

 しかし。
 実は「様々な解釈が出来る」彼の作品は珍しい筈だ。その時点で「典型的な宮澤賢治作品」では無い。むしろ異色作だと思う。

 何故「様々な解釈が出来る」のか。
 それは 未完 だからだ。
 作品の出来・不出来以前に「書き了がっていない」からだ。
 本作は「未完の遺稿を他者が推測によりまとめたもの」でしかない。

 これは本作に関する解説に必ず書いてある事だ。

 「最初の一冊」として未完のものを勧める気にはなれない。作者も不本意なのではないだろうか。

誰が
「ザ・ビートルズなら先ず『フリー・アズ・ア・バード』」と勧めるだろうか?
 (大好きだけど)

誰が
「ブルース・リーなら先ず『死亡遊戯』」と勧めるだろうか?
 (彼の格闘シーンは確かに凄いけど)

「クイーンなら先ず『(クイーン・ヴァージョンの)アイ・ウォズ・ボーン・トゥ・ラヴ・ユー』とは思えない。
 (最近、そういう風潮になってしまった時期が有ったのをとても不愉快に感じた方は多かったと思う)

ジミ・ヘンドリクスの『クライ・オヴ・ラヴ』或いは『ファースト・レイズ・オヴ・ザ・ニュー・ライズィング(ライジング)・サン』は僕も大好きだけれど、飽くまでも「死により未完に終わったアルバムの素材を、当時の側近が可能な限りヘンドリクスが構想していたものに近付けるという意図でまとめたもの」でしかない。それを「最初の一枚」として勧める気にはなれない。

 宮澤賢治は、生前は文壇から無視された存在だった。草野心平ら一部の詩人に注目されたに過ぎなかったという。
 生前に印刷物として発表された彼の作品は、

A ほぼ自費出版により刊行された一冊の心象スケッチ(いわゆる詩集)
B ほぼ自費出版により刊行された一冊の短編集
C 雑誌や地元の新聞に単発的に発表された詩・散文が数篇

 だけである。兄弟や教師時代に生徒に語って聞かせたもの・生徒に上演させた自作の劇の台本を含めても、現在我々が知る彼の作品量からすればほんの一部でしかない。

 読むならば「先ずは生前発表作品から」というのが筋ではないだろうか(※)。

 上記の B が『イーハトヴ童話 注文の多い料理店』である。

 僕は一種の食わず嫌いもあって詩はあまり読まない。よって宮澤賢治が生前に発表した単行本として『春と修羅』ではなく先ずこちらを勧める。
 実は『春と修羅』は一冊として通読した事はまだ無い。各作品はそれぞれ読んだ(とは言え「目を通した」という程度)筈だけれど、一冊という単位の詩集は僕にはまだ重過ぎる。
 なんて、何時の間にやら宮澤賢治の享年(三十七)さえも遥かに過ぎた今も言い続ける主張では無いのだが。

 音楽で例えるなら
自信作を厳選して世に問うたインディーズ盤
もっと現代的にすれば
マイ・スペイスで発表、CD-R や配信で販売したアルバム」。

 素晴らしい事に、本書は 角川文庫 で復刻版が刊行されている。序文を含む収録作品をその順番で収録、当時の挿絵も収録。引き続き音楽で例えれば「紙ジャケ・当時の内袋や紙質も再現」といった所か。
 リイシューの鑑 である。

 勿論コンスタントに版を重ねている。僕の場合「入院中の友人への見舞いの品」の定番だ。
 又、古書店にも膨大に出回っている。百円で見掛けた際にはうっかり救済してしまい、近い友人に強引にプレゼントしたりしている(笑)。

 先述の通り「筋」云々という事もあるけれど、先ず作品として 内容は本当に素晴らしい。滅法、面白い。
 既に膨大な量の作品が書き上げられていた中から、彼自身が「名詞代わり」として厳選した九編である。自信作だらけだった筈だ。
 作品集(つまりアルバム)として、構成もとても良い。
 因みにタイトル・チューンはトラック3である(イントロダクション[序]を勘定に入れれば4)。

 当時、彼自身による文案で刷られたというチラシ(※)に拠ると、本作は全十二巻という壮大な構想をもって出された第一弾であった。
 しかし売れず、僅か一冊で構想は頓挫して了う。

 大正十三 (1924) 年の出版。
 心象スケッチ「春と修羅」(上記の A)、その半年後に本書の刊行という年だ。
 もとより誇大妄想狂的な作風を持つ彼が最も「ナチュラル・ハイ」であったと思しき時期の彼の自信に満ち溢れた「肉声」がこのチラシから高らかに伝わって来る。

 鉄道に沿って建つ電信柱を見て「背をぴんと伸ばし、肩パッド・エポレットを付けた軍人の行進」を連想する想像力の持ち主である(※3)。しかも「電線が弛まぬ様に、各人とも行進の間隔を均等に保て。」である。
 常人ではない。サイケデリック。
 その話「月夜のでんしんばしら」も『注文の多い料理店』に収録されている。

 「夏コレ」といった帯は是非『注文の多い料理店』に付けて、是非書店で横積みにして貰いたい。

(※)有名な「雨ニモ負ケズ」の詩を含む通称「雨ニモ負ケズ手帳」も、死に至る病床で書かれた走り書きであった事から御解りの様に生前未発表作品である。
 本文のクイーンで例えれば『イヌエンドウ』或いは『メイド・イン・ヘヴン』といった所。
 辛くて読めない。<
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(※2)因みにそのチラシ文も、上記の角川文庫版に附録として収録されている。
 「リイシュー時のボーナス・トラック」としてとても正しい。

(※3)宮澤自身によるこのシーンの水彩画が現存している。ブッ飛んでいる。脳内麻薬か何かでトリップしているとしか思えない。
 実弟である宮澤清六氏が関わった会社からこの柄のハンカチが出ている(た?)様だ。この着色はその清六氏による。

人見 ‘Hit Me!’ 欣幸, ’10.
(音楽紹介業、二松学舎大学文学部国文学科卒、
 卒論は「宮澤賢治 その自らを売り込もうとする意思」)

人見 欣幸

音楽紹介業(ラジオ、活字、ライヴハウス、インタネット等で音楽を紹介)
1967年神奈川生まれ・育ち・在住
1978年より洋楽中心生活者
1991 文筆デビュー
1995 ナイル・ロジャーズにファンレターを渡す(交流開始)
1997 レギュラーラジオ番組開始
2011 Nile Rodgers/CHIC応援組織 "Good Times" を内海初寧と結成、同年よりウェブ番組 "Good Times TV" 開始(13年まで)
2019 新メンバーを加え、六月より "Good Times Tube" としてウェブ番組を復活

■favorite musicians:
Nile Rodgers,Bernard Edwars&Tony Thompson
山下達郎,伊藤広規,青山純&難波弘之
竹中尚人,加部正義&ジョニー吉長

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